海外からの初の生写真

違法か合法か?

☆電話があればどこからでも☆

「君、また調子の良いこと言って。そんな事、本当にできるのかね!?」また現場をよく知らないお偉いさんの疑心暗疑の声が飛んだ。1982年の夏の入り口だった。我がトウスポは日本国内においては、どこであろうと、電話がつながっていさえすれば、東京の本社に生写真を自前で送っていた。自社電(送)と呼んでいた。プロレスの巡業追跡取材においては、常にアップツーデイトの刺激的写真が不可欠。現像液、引き伸ばし機、小型の電送機、暗幕……すべてを装備して、旅をした。旅館、ホテルのトイレ、風呂場などで簡易の暗室を作り、取材したフィルムを現像。紙写真にした。それを部屋の電話機につないだ電送機で送った。電送機の光信号が音声信号に換り、編集局の受信機で再び白黒信号となって、紙に焼きつけられた。田舎に行くと、旅館の部屋に電話がないことも多々あった。そんな時は帳場の電話を借りた。プロレスの写真をあげると大喜びだった。ある時、東北のある所の旅館で、試合後の仕事をしていると、団体が忘年会をしていた。聞けば地元のNTTだ、と。電話線を目的以外で使用しているわけだから、やばい……。しかし、この時も馬場さんだったかの写真をあげて、大喜びだった。何にもやばい話にはならなかった。

☆海外だってやれるぜ!☆

当時の国際電話はその国ごとのオペレーターが介在していた。ダイヤル直通はこの後だったような気がする。物は試し、というより、日本のゴルフ・ブームを放っておくてはない。海外のトーナメントはトウスポお得意の速報パターンにはまるのだ。生の原稿と共に、プロレスのように生の写真を送れば、インパクトは大きい。広告業界も黙っていられなくなるだろう。そこで、「いいじゃないですか。プロレスでやっているように全部持って行きましょう。向こうのホテルから電送やりましょう!」。この私の提案に対して、冒頭のお偉いさんのリアクションとなった次第。こちらも200パーセントの確信があったわけではないが、通信社だって、要は電話線で送ってきているわけだから、理屈は同じだ。この時の右腕はカメラマンのT。見てくれはぽっちゃりで頼りなさそうだが、カメラを持って現場に入ると、猫のように素早い。そして画面は前もって計算したかのようにシャープだった。任せておけばいい。こちらは送る手はずを整えれば。まずは1982年7月上旬のメンフィス・クラシック。この試合はレイモンド・フロイドが優勝したのだが、月曜日に着いて、火曜日にテスト。借りたモーテルの部屋で、簡易暗室で写真を焼き、部屋の電話に電送機をセット。そしてオペレーターを呼び出し、日本につないでもらい、correct callを依頼した。料金着払いってやつである。何の支障もなくラインが確保できたので、日本のプロレス取材同様の手順で作業した。日本から悲鳴のような反応があった。「君、日本よりきれいだぞ! バンバン送れ!」「何言ってんだい。今頃」と思ったが、してやったりだ。カメラマンも嬉しそうに「20枚送っちゃたもんね」と。もちろん、試合本番も送り続け、ミスなし。海外生写真速報。他社を圧倒することになった。広告業界も反応。トウスポの海外ゴルフ速報の第一歩と言えよう。

☆海外電送余話①☆

自前の電送ができるのが確定したので、どんどん、いた。色々なスタッフがやるようになった。しかし、いつも英語で切り抜けられる人間がいたわけではなかった。カメラマンが写真を焼いて、オペレーターを呼び出して……確かマニュアルを作ったような気もする。ま、いってみれば問答集。アリゾナで野球のスプリングキャンプを取材した大阪スポーツのカメラマンのIはトラブルに見舞われた。アリゾナの田舎のモーテルで作業していると、ドンドン❕ とドアが乱暴に叩かれた。喚き声もする。開けると、モーテルのマネジャー的な親父が凄い剣幕。カメラマンを指さして、「てめえ、スパイやってんのか?」と言っているらしい。「出てけ!」とか「ポリス!」とか、断片的に理解できたそうだ。必死に書類を見せて、新聞社の記者だと食い下がるが、とりつく島なし。電送機は作業が始まるとピーピーと音を立てた。部屋を真っ暗にしてピーピー……隣の客が「親しい奴がいる」とたれこんだ可能性もあった。ともかく、モーテルをオン出されてしまった。東京に泣きの電話を入れたら、「そうか、撃たれなくて良かったな」と。

外電送余話①☆

ハワイの取材での出来事。ご存知のように、ハワイはちょっとした日本語が通じる時もある。だから、油断もある。取材を終えたカメラマンが電送機の段取りを整えて、オペレーターを呼び出し、東京の編集局にコレクト・コールをつないでもらうべく、英語で東京の電話番号を読みだした。途中でとちりかけたので、「あれ!? えーと、えーと」と。オペレーターは「8」を続けて、変だと気づき、「say again!」と。カメラマンはパニックになりかけたが、辛抱強いオペレーターに恵まれて、30分かかってが何とかセーフ。油断は禁物じゃ。

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