マサ齋藤さん、ありがとう。

2018年7月、マサ齋藤さんが亡くなった。栃木の病院でパーキンソン病との闘いの末だった、そうだ。齋藤さんと会ったのは、1978年の秋、フロリダのタンパであった。9月15日、ニューオーリンズのスーパードームにおいて、モハメド・アリが世界ヘビー級王座に返り咲いた……この密着取材を成功させた後、アメリカのプロレスの深部を覗くため、ツアーを追った。一つの手がかりとして、フロリダのブッカーとして、重鎮的存在だった、日系のデューク・ケオムカさんを訪ねた。ここで、マサ齋藤とミスター・サトこと、高千穂のコンビがフロリダのリングを席捲していることを知った。齋藤とサト(高千穂)のタッグはハリケーンのごとく、フロリダ中を暴れ回っていた。

☆ケオムカ邸に齋藤さん、高千穂さんが……☆ 「おッ、トウスポさん、カメラのスーさんまでお揃いで、ここまで来ちゃったんですか?」「そう。二人とも単身赴任で、真面目にやっているかどうか、調べに来たんですよ」「エッ⁉ 真面目なもんですよ。ねえ、齋藤さん」と高千穂。この人はメラちゃんの愛称で、持てることで有名。「話半分に聞いておくとして、ツアーを取材したいんですよ」「オーケー、明日から、一緒に行きますか?」。てなことで、齋藤・高千穂組の車に同乗することになった。確か、オーランド方面への遠征だったと思う。遠征って言っても、アメプロじゃ、常套句のような日帰りである。2時間強のドライブで現地へ行き、15分程度の試合をやって、帰って来る。日本での地方巡業のように、旅の楽しみ、なんてものは、別次元である。また、暴れん坊ファイトで売っている二人だから、試合中も試合後もぼーっとはしていられない。観客は怒っているわけであるから、四方八方の注意は必要である。マジで緊張した。後日、テキサスではナイフを持ったメキシカンに待ち伏せされたこともあった。

☆ケオムカ邸、こぼれ話☆ ケオムカ邸はタンパの運河沿いにあって、プールあり、今にはポケットビリヤード台あり。ドラマに出て来そうな、おしゃれな住まいだった。プロレスのプロモーターはこんなにもリッチな生活が手に入るのか? ちょいと羨ましくなった。「時間があるんだから、フィッシングでも行って来たらいいよ」とケオムカさんがさりげなく。「hey, Pat! ボート出して」庭に出るとすぐに運河で、モーターボーが係留されていた。Patと呼ばれたのはケオムカさんの長男で、後に新日本プロレスの留学生を足掛かりに、AWA、WWFで活躍したPat Tanaka である。ちなみにケオムカさんの本名は、田中久雄さんである。「好きな時に釣りをして、プールで軽く泳いで。もう、毎日のんびりだね」とケオムカさん。トウスポ辞めて、ここで仕事させてもらおうか? と心が揺れた。待て待て、プロレスはできんだろう。Pat,高千穂さんとボートで釣りに出た。狙いはバスの一種だったが、エサのエビをただ食いされて、ボウズ。切り上げて、居間でPAtとエイトボールで対戦。1~7のlow ballと9~15のhigh ballに分かれて、自分の持ち分のボールをポケットに落としていき、最後に黒の8を落とした者が勝つ。若い頃、四つ玉や3クッションで鳴らしたこともあったので、自信ありで戦いを挑んだが、歯が立たなかった。しかし、居心地の良いアメリカの時間であった。

☆齋藤・高志穂は裏試合の達人☆ 「彼らはただ暴れて人気が出たわけじゃないんだよ」とケオムカさんは語りだした。リング上で暴れて地元の人気者をコケにすれば、観客の怒りはどんどんエスカレートしていく。当然、食ってかかる荒くれ者が出てくる。戦いを挑んでわけである。レスラーは「ok, common!!」と受けて立とうとポーズを作るが、公然とファイトするわけにはいかない。そこで、マネジャー役でもあった、タイガー服部さんが間に入って、”予約”を受け付ける。後日、ダウタウンにある、リングが設備されたジムに招待? する。そこで気のすむまで? ファンの挑戦を受けるのである。ここで二人は真価を発揮し続けた。骨の髄まで可愛がられたファンは、帰って誰かに言う、「いやあ、とんでもない奴らだったよ」と。こんな話がどんどん伝わって、会場に跳ね返る。二人のファイトはさらにヒートアップして、地元観客の心を逆なでしていく。「高千穂さん、次の裏の予定はいつですか?」「人に見せるような物じゃないと思うけどな……」と、あまり多くを語ろうとしなかった。「まあ、つっかかって来られて、逃げてばかりいられないからね」とは、齋藤さんの弁だった。ちょっと笑いが混じっていた。裏試合、ルー・テーズ、カール・ゴッチらの十八番だった。裏も強くなければ、プロレスでのし上がるのは難しい。

☆kiss my ass!!☆ 英語圏の映画で良く出てくるフレーズである。直訳なら、「わしの尻にキスせよ!」だが、馬鹿野郎にもなるし、ふざけてじゃねえ! にもなる。同じような使われ方に、suck my ass、suck my dick なんてのもある。いずれも学校では習わない、隠語ってやつだ。齋藤・高千穂組を追跡した夜、オーランド方面からの帰り道、隠語を地でいくシーンに遭遇した。齋藤さんの運転でタンパへ帰る道すがら、ハイウエイを淡々と走って、景色も何も、また、少々緊張も続き、お疲れモード、知らずにうとうと……すると、我々の車の隣に一台のステーションワゴンが急接近。ん⁉ と目をやると、若い女の子の尻が窓から二つ突き出ていた。何じゃ⁉ と目を丸くしていると、尻が引っ込んで、女の子が窓から顔を突き出して、中指を突き出して、叫んだ。「kiss my ass!!!」。何じゃこりゃ⁉ 女の子三人組の乗ったステーションワゴン。威嚇するわけでもなく、全員笑顔、時には破顔も披露しながら、付かず離れずで走っていた。高千穂さんもそっちに笑顔を向けながら、解説してくれた。「日本でもそうだけど、悪役が好きになる人もいるんですよ。彼女たちはずっと付いてくると思いますよ。どうですか、白石さん?」。おいおい、どうですかって、何だよ、どういう意味名だよ? こっちは妻帯者になったばかりで、言っている意味がよう分からんたい。高千穂さんは九州の出身だった。高千穂さんのどうですか? に心が揺れなかった、と言えばどうだったか、よく分からない。しかし、後日、ゴルフなどで、アメリカへの出張が日常的になった時、現地で様々な恋愛が生まれ、どこかの家庭が崩壊したという話もあった。自身としては、言葉の自信がイマイチで、誘いに乗れなかったのが、今となっては大正解だったのでは、と一杯飲みながら、キーボードを叩いている。地元の女の子三人のステーションワゴンを引き連れた格好で、齋藤さんの運転する車はタンパへ帰って来た。※レスラーはもてる→それはきれいな体が保証されているってこともあるそうだ。リング上でお互いの体を密着させて戦うプロレスは、お互いに”健康である”という保証が必要だ。万が一、何かに感染となれば命に関る。そこで厳しい健康チェックが行われている。かなり前、一時代を風靡したデイック・マードックというスターレスラーがいたが、テニス界の美人スター、クリス・エバートと親密な時期があったそうだ。何で? その答えはここにあると言われている・

☆深夜のドライブインで吸った物は?☆  翌日。齋藤・高千穂組はオフ。齋藤さんの「うちで簡単な物を作るから、夕飯でもどうですか?」の言葉に甘えて、カメラのスーさんと出かけた。リング外の写真も貴重である。何よりも単身赴任の真面目な私生活? を確かめておくことも仕事のうちだ。齋藤さんは料理もなかなか。いやいや、レスラーの人たちは、料理上手が多い。合宿、修行中、いわゆるちゃんこ番の経験をしている人はなおさら。相撲出身者は」これに該当する。齋藤さんはボロネージュ風パスタを作ってくれた。+サラダ、+ワイン。食前にバドワイザーんのロングネック。勧められる毎にクイクイとグラスを干しているうちに、良い気分になっていた。「白石さん、せっかくタンパまで来たんだから、ちょっとぐらい羽目はずしてもいいでしょ? ねえスーさん?」と高千穂さんが笑顔で言った。しかし、この答えは困った。yesともnoとも……。「じゃあ、さあ、ここは服部にお膳立てさせようか?」と齋藤さんは言うなり、電話でタイガー服部に、命令していた。「おい服部、いつものバーにお二人を案内しろ。たむろしているインディンの女の子に話つけろや」。何だか凄い話になって来た。じゃ、景気付けに変わったタバコを吸わせてあげましょう。ますます変なことになってきた。今さら、聖人君子を装って、「私は帰ります」ってわけにもいかない。勧められるままにタバコを吸った。美味いんだか、不味いんだか……首を傾げていると、「白石さん、何ともない?」と高千穂さん。齋藤さんと顔を見合わせて、肩をすくめていた。素人が手巻きしたようなタバコ……何かあるのか?

☆ナイトクラブで撃沈☆ 齋藤さん、高千穂さん、カメラのスーさん、そして私は、タイガー服部さんの運転する車でナイトとクラブへ行った。カントリーの生バンドが入っているバーである。道すがら、齋藤さんは「服部、分かってるな! うまくやれよ!」「先輩、そんなこと言ったって、相手があることだし」「うるせえ。うまくやりゃいいんだよ」。こちらはどういう反応をしたら良いのか。またまた複雑な気持ちになりかけていた。バーのボックスシートに座った。カントリーロックが演奏されていた。心地好い。酔ったら気持ちが楽になるだろう。再び、ワインをクイクイ飲んだ。「白石さん、またタバコ吸うかい?」と高千穂さん。バーカウンターに首を突っ込んで、「よー、smooseあるかい?」「why not!」顔見知りとおぼしきバーテンは、すぐさまカウンターの下から、例の素人が手巻きしたようなタバコを差し出した。それをみんなで回して吸った。「白石さん、何ともない?」と高千穂さん。別に……と言いかけたところで、身体の芯がドンと抜け落ちたような感覚に襲われた。何じゃこりゃ⁉ しゃべるのが億劫になった。しかし頭は、冴え渡ったかのように。カントリーバンドの演奏が立体的に生再現されているかのようだった。おーっ、リードギターはあそこでチョークしているのか。ギターのフレットも見えた。わしの頭はどうなってしまったのか? 齋藤さん、高千穂さん、服部さん、カメラのスーさん、全員がこっちを指さして笑っている。しかし、口が重い。ひたすらカントリーの聴いていたい。次々と浮かぶオタマジャクシが頭を占領しているかのようだった。そこへ服部さんが一人の女の子を連れて来た。黒髪、黒い瞳……インディアンの血が入っているようだった。「白石さん、踊ってほしいんだって」。ああそう、と言った。動くことが億劫だった。再びうながされた。「白石さん、タンパ最後の夜。羽目を外しなよ」と高千穂さん。ン!‽ 服部さんのお膳立て? そういうこと? 動かなきゃ、服部さんが齋藤さんに怒られる。意を決して、体を動かして、女の子とフロアに出た。体を密着させて踊った。リズムに乗っているのかどうか、はなはだ疑問だったが、会話も交わした。東京から来たとか、あれこれと重い口で、多分ぼそぼそと……そのうちに女の子が、「私が必要なの、必要じゃないの」と真顔で距離を詰めて来た。困った。「タンパできれいな人に会えてうれしい。今日は旅の疲れが出たのか酔っちまったようだ。後で必ず電話するから、次回必ず」とかなんとか言って、お別れした。酔ったのは酒のせいだけではない。何か他のもので経験のない酔いに出くわしていた。この時はその正体が分からなかった。後日、それは日本では違法の種目だった。アメリカでもほとんどの地域で合法ではない。緩いことは緩いのだが。私の吸った物が恐らくそうだろう、と思ってはいるのだが、確証があるわけではない。同じような物をコロンビアのボゴタで吸った経験があった。勧めてくれた人は「ポリ公から買うんだよ」と言っていた。……タンパの夜、ビール、ワイン、謎のタバコ、カントリーロックがごちゃ混ぜになった空間で撃沈した。これで良かった。翌朝の頭痛だけで済んだのである。