モハメド・アリに密着―Tokyo

アリを徹底張り込み

☆㊙作戦は敢行された☆ 猪木戦のために、私には「ダンスをしに行く」と、アリは軍団を率いて日本にやって来た。1976年6月16日、羽田空港。一説には2千人以上のフアンが押し寄せた、と。大変な人だった。一行が税関を通過するのに結構な時間がかかった。飛び切りのスーパースターである。普通なら特別扱いで……。一部マスコミの間で、妙な話が流れ出した。拳銃を持ち込んだらしい。それで時間がかかっていたいるという話だ。どうやら、これは事実だったらしい。アリの特別警護官として、シカゴ警察の現役が二名入っていて、彼らが身に着けて。日本の税関がそれを当然咎めて、ひと悶着。恐らく彼らは”許可証”を持っていて、正当性を主張したものと思われる。後日、事前会議でもめた時, 「拳銃をちらつかせた」と何人かの証言にも出てくるので、恐らく持ち込まれた、と見るべきだろう。……一行は出てくると、迎えの車、バスに分乗して、宿舎の新宿京王プラザホテルへ向かった。こちらはこれを見届けると、社の車で高速を走らせた。ホテルに先着。警備で玄関を制限したおかげで、さしたる混雑もなかった。アリ一行は44階を貸し切り。我々は43階のセミスイートを借り、ワーキングルームを設置した。もちろん、私が常駐することになった。

☆アリの付き人を拉致⁉☆ アリ一行の中にアジア系と見られる小柄の男がいた。五月のミュンヘン取材の時にもいた。この男はシンガポール・ヒルトンの客室マネジャーだった。アリに気に入られて、ツアーに帯同していた。私はこの人物に的を絞った。密着取材の内部通報者にする作戦だった。これには仕掛けがいる。上司の桜井康雄さんと策を練った。「ヨシ、日本のカメラをやるか」。写真部を通じて、Nikonのプロ仕様を調達した。買えば40万強。トウスポも素早い決断をした、と思ったが、アリ滞在中に港区港南のNikon本社を見学訪問した、させた? のだから、舞台裏でいろいろとあった、と思われる。写真部の筆頭デスクのSさんの手配だったのだろう。私はアリの付き人、A氏に連絡を取って、主旨を話し、ランチの約束をした。舞台は銀座一丁目にある、すき焼きの老舗、吉澤。ここですき焼きを食べながら、A氏と打ち合わせ。「カメラをプレゼントする。取材に協力してほしい」「OK, 何をする?」「そのカメラで室内のアリの写真を撮ってくれないか? もう一つは、毎晩夕食後に我々の43階の部屋に電話を入れて、夕食のメニューと来客……などを教えてほしいんだ。それを新聞に載せるから」「OK、分かった。できるだけ頑張るよ」。商談成立。アリの滞在中、この作戦は忠実に実行され、紙面を飾ることができた。ある意味、ばくちでもあった。もしA氏が食わせもんだったら……。誠実な人物で助かった。アリ軍団にはいろいろな人物がいた。シカゴ警察のボデイーガードなぞ、エレベーターで会う度に、「よう、どこかで遊ぼうぜ。俺にもバイトさせねえか?」など、酒くさい息を吐きながら、ささやかれたものだった。……試合は仕方なく、期待はずれの? 引き分けに終わったが、新聞を売れたのである。これもしてやったり。桜井さんの判断のおかげも大きい。


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